雨雲連れのおぼえ書き

忘れっぽい人の記録帳

十一月の読みもの

11月中に読み散らかしたテキストの備忘録です(覚えている分だけ)。今月もあまり読んでいないです。

know 野崎まど (ハヤカワ文庫)

超情報化された近未来の京都を舞台にした、ボーイ・ミーツ・ガールの冒険小説。軽めでさくさく読めてよろしい。主人公のエリート官僚はいけすかないし、ヒロインの知ルちゃんは純粋すぎてお説教したくなるのですが、話は面白かったです。なによりも、描写されている京都の情景が、訪日客のオーバーツーリズムが問題になる前の、明るく平穏でほどほどに賑やかな在りし日の京都を思い起こさせて、なぜか懐かしさを感じました。夜の烏丸丸太町の交差点からしんとした御所の描写なんて、空気の感じまで伝わってきましたもの…で、この物語は「知る」がテーマです。「知識は重荷になりません」という言葉がありますが、往々にして知識は「持つもの」「纏うもの」という扱いをされます。が、物事を自分の血肉として「知る」のはそれほど簡単なことではありません。この作品では、単純に知識として「知る」ことと、実感して自分のものとする、それをもとに想像して押し測る、といったもう一段階上の「知る」ことの差が強調されている気もします。おそらく、先生が主人公の「先生」となり、暗号を託したのは、与えた課題に対して、主人公が知識ではなく実体験として「知ろう」という姿勢を見せたからではないかな、と思っています。この「知る」こと、これはある意味で一生のテーマですよね。私はこの先、どれほどの物事を「知る」ことができるんだろう。

虐殺器官 伊藤計劃 (ハヤカワ文庫)

近未来SFなのに生々しいのはなんでだろう、と思いながら読みはじめました。そして、物語後半のヴィクトリア湖ナイルパーチのエピソードで、それまでぎりぎり「物語」の皮をやぶらずにいたテーマが、日本のスーパーで買い物をするわたしに降りかかってきたようでぞくりとしました。感じたい現実を取捨選択するのは、ひととして、また生き物として誠実なあり方なのかしら。後半はそればかり考えていたので、ラストはあんまり感慨がなかった…ごめんなさい。
あ、でも、ひとつだけ。侵入鞘の後処理法が保持酵素の補充停止になっていたのだけれど、逆の方が理にかなっている気がする(酵素反応ないしシグナル分子の投入によるアポトーシス誘導)。でないとうっかり使用中に分解しかねないと思うんです。

暦と迷信 鈴木敬信 (恒星社)

暦について。太陽暦太陰暦のしくみから、二十四節気五行説九星術について詳しく載っています。仏滅や天赦日を気にすることがいかにばかばかしいかを一生懸命説いていますが、きっとこの先生は「暦を教えています」「まぁ!ちょっとお聞きしたいの、どうして赤口なんて日があるのかしらね?」みたいなやりとりを何十回も繰り返したに違いない。序説で「迷信とは科学になり得なかった、あるいは科学の批判にたえられなかった前世紀の亡霊」と書いているあたり、よっぽどだったのでしょう。一番面白いな、と思ったのは「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の話。いままで、「今日が立春?どこが?めちゃめちゃ寒いじゃないの!!」(他の日は他の季節で読み替えてください)と思っていたのですが、これは中国の思想「陽極まって陰きざし、陰極まって陽きざす」から出てくる発想で、寒さが極まるからこそ翌日からはどう転んでも春、の意味だそうです。要は寒さの極大日なのでそりゃ寒いわけだ…知らなかった…

今宵、銀河を盃にして 神林長平 (ハヤカワ文庫)

惑星ドーピアの平和維持軍(だっけ)で一番長いパーソナルネームを持つ宇宙戦車「マヘルシャヘルハシバズ」と乗務員二名と若き戦車長の繰り広げるハイテンション酔いどれ日記。男子学生ノリのテンポの良い会話がたまらない。通勤電車の中でにやにやしながら読みました(マスクしてたからばれてない…よね?)登場人物はみんなキャラが濃いのですが、喧嘩の末に旅団をとびだした挙句に立派に生活しているコンピュータやら、そやつに感化(?)されて愛と平和を希求するコンピュータに至っては、もう設定だけで面白かったです。神林長平先生の作品は雪風しか読んでいなかったので、ちょっと身構えつつ読んだのですが、最後まで軽いノリ(たまに誰かがいいことを言う)で突っ走って終わったのでよかったです。もし映像になるのなら、パトレイバーの絵柄で見てみたいな。